■ ペルとのお別れ −前編  糖尿病 ■

 


 1982年生まれ、生涯生娘。

 たくさんの思い出を残して17年で

 天寿をまっとう。

 現在は虹の橋にて待機中。  

 



今から20年以上前のこと。

祖父母と商店街を歩いていると、ペットショップの前に2匹のネコが入れられた
ケージが置かれていた。

幼かった私が思わず手を差し伸べるとトコトコと歩み寄って来たネコ、それがペルだった。

あまりの可愛らしさに座り込んでしまった私と祖父の衝動買いで、ペルはうちにやって来た

家族の誰一人としてネコに関する知識はなく、病院での健康チェックを受けることもなく、

欲しがれば人間の食べ物を与える毎日。


ペルが13歳の時、耳をすごく痒そうにしていたことで初めて行った動物病院。

そこで告げられたのは、ペルが糖尿病を患っているということだった。

 


 

「糖尿病のネコちゃんは1〜2年しか持ちません。」

先生の言葉で、目の前が真っ暗になった。

人間の食べ物、あげたりしなければ良かった…。言葉で表せないほどの後悔だった。

それからペルの糖尿病治療が始まった。

まず食餌療法でフードを専用食に変え、それ以外は与えないようにしなければならなかった。

それまではフードは常に出しっぱなしでいつでも食べることができたので、

食生活が変わってしまってペルも困惑しただろう。

ペルには食べる量を我慢して頑張ってもらったが、数ヶ月経っても血糖値は下がらなかった。

それどころか、上がる一方だったのだ。

 

「体質もあるのでしょう。インシュリン投与を始めなければいけません。」

インシュリンをペルの体に朝晩注射する。もちろん毎朝毎晩病院に通うのではない。

自宅で、私と母が打つのだ。

インシュリン投与を始めるにあたって、動物病院で飼われているネコで

注射の「練習」しなければならなかった

見知らぬネコを針で刺すのはあまりにかわいそうで躊躇したが、

あのネコのおかげで、あと1〜2年と言われたペルが4年生きられたのだ。

本当に感謝している。

 


 

インシュリンを定量 注射器で吸い取ったら、ペルの皮膚をつまんで注射する。

病院のネコと違い、ペルは小さな声をあげる。痛いのだから当たり前だ。

私と母で毎朝毎晩、注射を打った。4年間ずっと。

「私がきちんとしていれば、こんなペルに痛い思いをさせることはなかったのだ」と思うと、

どんなに謝っても謝りきれなかった。本当に申し訳ないことをしてしまった。

そして注射だけではなく、体調が悪い時には点滴もしなければならない。

点滴の針はインシュリンの針よりもかなり太い。

刺す時に力を入れなければならず、
本当に胸が痛かった。

後に知ったことだが、その点滴の針は人間にも使用するものだった。

小さな体に大きな針。どれほど痛かっただろうか…。

 

 

今、ネコたちに人間の食べ物をあげている人がいたら、少し考えてみて下さい。

やめてあげてと言う権利は私にはありません。

ただ、私がペルに痛い思いをさせる事になって本当に後悔したことを心の隅に覚えておいて頂きたいのです。

注射をしなければ痛くなかったじゃないかとおっしゃる方もいるかもしれません。

もちろんそういう選択もあるでしょう。

ですが私と家族は、注射をしないことで糖尿病が進行すると、目や他の部位に合併症を起こし、

ペルがペルの思うように行動できなくなるのは、ペル自身が望まないと判断して、

痛い治療を続けました。

でも、それも言い訳かもしれません。

私はペルに生きていて欲しかった。1日でも長く、できればずっとそばにいて欲しかった。

私はその思いで治療をしていたのかも知れません。

 

みなさんが私のように後悔することがありませんように。

みなさんのネコちゃんが痛い思いをしなくて済みますように。

(後半に続く)